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瑞筆 ー スイスで綴るエッセイ 2005年7月~12月編
日ごろの生活の中でふと心をよぎったこと、とりとめのない思いなどをそのまま書き綴りました。
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2005年7月1日
チューリヒの町からうちまではたいていバスで帰る。週一回のドイツ語コースを終えて帰宅するときのバスに、いつも知的障害者が4~5人乗っている。ちょうどうちへの道のりの半分くらいのところに施設があるようで、彼らはどうやらそこの住人たちらしい。みんなばらばらに前方に座っていて、前とそのすぐ後ろの座席でなにやら真剣に大声でディスカッションしている。運転手の後ろに陣取って、運転手さんと話をしている女性もいる。バスを降りるときには運転手さんに挨拶をして、降りてからも必ず「ばいばい」と手を振っていく。バスを降りるときに挨拶をしたり、手を振る乗客はほかにもいないことはないが、これだけ親しく運転手さんと接する人たちはやっぱりいないんじゃないかな。
昨日、ドイツ語コースへ行くときのバスの中。街中に入ると帰宅途中の勤め人がたくさん乗ってくる。私はいつもどおり本を読んでいた。そこに通路を挟んで隣に座っていた男性が「座りませんか?」と誰かに声をかけた。その女性は「いいんですよ、大丈夫です」と答える。顔を上げて見ると、それほどのお年寄りではない。スーツケースを引っ張っていたのだが、その端がきちんと閉まっていなかった。隣の男性はそれを閉めるのを手伝うと同時に、やっぱり席を譲ってあげた。その女性はどこかよその州から来た人で、これから家に帰るところのよう。チューリヒにはあまり詳しくなさそうなので、その男性がどこで降りて乗り換えるのが一番楽かを説明してあげていた。そこに、連れの女性なのか、彼と同じくハイジャーマンを話す人も参加して、「ああ、ここで降りなきゃね」などと言っている。すると、混雑しているバスの中、彼らのすぐ後ろに立っているスイス人女性も「あなたたち、降りんですか?」と道を開ける準備。
スイスにいて、スイス人女性をドイツ人たちが助けているという構図に私はなにやら面白みを感じつつ、誰かが一言声をかけるだけで、みんながやさしくなることに心が和んだ。
その女性と同じバス停でバスを降りると、ドイツ人の男性がこれから彼女を誘導しようとしている。ほかに連れはいなさそう。ということは、一緒になって話していたあのドイツ人の女性も他人だったのだ。
誰かを助けるって勇気がいる。その勇気がやさしさというものなのだろうか。
そういえば以前、あるデパートの脇入口で女性に「あの…」と声をかけられたことがある。「はい?」と足を止めると、「ちょっと助けてもらいたんです」「はい、何でしょう」入口の前には段差の低い階段が3段ほどある。「この階段を上るのを助けて欲しいんです」こんな段差の低い階段も一人で上れないなんて…と私は半信半疑だったが、彼女の頼みは本当にこれだけだった。なんとなく、この助けを得るために彼女はずいぶん長い間待たなければならなかったような気がした。デパートの入口に立っていること自体がなにやら怪しげに思える。私も少し疑った。もしも、本当にこの頼みのために彼女が何十分も待たなければならなかったのだとしたら…私はそのあと、少し考え込んでしまった。
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2005年7月3日
昨日は楽しい一日だった。
午前中はドイツ語の先生がチューリヒの歴史案内を計画してくれて、夫も交え、約30人の生徒やその家族・友人とともに旧市街を散策。集合は9時50分に中央駅。この日は、去年おととしと私も参加したろうのお年寄りの休暇旅行が始まる日でもある。この集合場所もいつも中央駅だし、時間もいつもこのくらいだ。ひょっとしてひょっとしたら…ときょろきょろしていたら、やっぱりいた!3人だけだけど、見つけた。すぐに駆けて行って『ハロー!」と手を振って挨拶。向こうもびっくりしていたが、とても喜んでくれた。今回参加できないのはやっぱりちょっと残念。でも、参加人数が少なすぎるので随行者の数も減らされ、健聴者であり、介護もほとんどできない私がはずれることになってしまった。しかたがない…。
そのあと、ドイツ語生徒の方はぞろぞろと出発。16年住んでいても、そして夫はれっきとした旧市街育ちでも、初見聞することばかり。ただの警察所だと思っていた建物が実はその昔、チューリヒ人専用の孤児院だったり、先日発見されたロシア兵骸骨の存在のいきさつを聞いたり。先生は歴史家だけあってすごい博識だ。いろんな数字もたくさん頭の中に詰まっている。感動的なくらい。いいなあ。私はもともと物覚えが悪いから、ひじょーにうらやましい。
約30名の中には日本人女性ももうひとりいた。名簿をもらっていたから、行く前からわかったいたのだけれど。彼女もずいぶん前にゲーテのクラインを取っていて、「ここに住む限りは、やっぱりもうちょっとドイツ語ができなくては」とグロースのコースに通い出したのだそうだ。頭のよさそうな、優しそうな女性だった。ゆっくり話ができなかったのがちょっと残念。
この散策は12時に終わる予定だったのがちょっと延びてしまったため、先生へのお礼のことばも忘れて私たちは車へ急いだ。12時半から別の町で約束があった。おもに医療関係のボランティアを行っている日本人グループCTJがこの日バザーを開き、そこで昨年に続いて手話のデモを行うことになっていたのである。日本人でもう一人手話を習っているMさんと二人で、12時半から3時半までの間に二回デモを行う予定だった。
私が会場に着いたのは1時前じゃなかっただろうか。去年より人出が多いかな。活気に満ちている。うろうろしていたら、Mさんがやってきた。お腹がすいていたので先に腹ごしらえ。そこでおととしのろうのお年寄り休暇のときに一度お会いしていた神父さん(牧師さんかもしれないけど)と再会。CTJの責任者の一人のお知り合いで、手話のデモをやるから見に来てはとお誘いしたのだそうだ。彼は聴覚障害者にミサを執り行っている人である。彼らとディスカッションしている間にも時間は刻々と過ぎ、そろそろ始めようかというときにノーベルトがやってきた。彼とドリスも誘ったのだ。彼にも参加してもらうことにして、3人でデモを開始。今年もたくさんの方が参加してくださった。いい加減な打ち合わせしかしていなかったので「ひゃ~、ちょっとまずかったかな」と思ったけれど、後から聞くとなかなか好評だったようで一安心。実際に手話で会話をしているところを見てもらえたのがよかったらしい。それにノーベルトはなんといっても先生暦10年のプロ!やっぱりうまい。このデモ中にドリスとご主人のセミもやってきた。デモが終わってからは、またお食事。ノーベルトもどら焼きやら水菓子やらをおっかなびっくり試している。ドリスとセミも興味しんしん。来てもらってよかった。CTJの方々にはお世話になりました。おいしい日本の食べ物もごちそうになったし。2回目はもう時間が足りなくて中止。なんだか食べに行ったみたい。
この日はほかにも久しぶりに会う人がたくさんいて、ゆっくり話はできなかったけどとても楽しかった。今度は時間を取ってゆっくり会いたいな、とそのときは思うのだけれど、そのうちだんだん日々の生活に追い立てられて忘れてしまうのよね。いけない、いけない。
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2005年7月9日
今日は私の美容師さんのバーバラ宅へ夕食に招かれている。10年前までお隣さん同士で、だんなさまのクルトと二人、いつまでも仲良くしてくれている。バーバラは私より10歳近く、クルトは20歳くらい年上である。夫も彼ら二人には何でも話せるし、気のおけない人たちだ。バーバラは甘いものをほとんど食べないので、ときどき私がデザートをつくってもっていく。今日もティラミスのリクエストがあった。
スイスに来て初めて通ったドイツ語コースにギリシャ人の女性がいて、一度クラスの仲間をホームパーティに招待してくれた。そのときにティラミスがデザートに出た。私にはちょっと甘すぎたのだが、同じクラスにいたもう一人の日本人女性がそのレシピーを聞いていて、私もついでにメモしておいた。
その後少しして、クルトとバーバラ宅(といっても当時はすぐ隣だったのだけれど)へ夕食に招かれ、私がデザートを担当することになった。そこで、あのレシピーの登場である。スーパーへ行って必要なものを買い求めた。マスカルポーネなんて、それまで聞いたことも見たこともなかったので、チーズ売り場へ行って「マスカルポーネを500gください」と注文。「はいはい、マスカルポーネね」と店員さん。 さて、家へ戻って初めてのティラミスづくりに挑戦。レシピーどおりにつくっているのだけれど、なにやらちょっと感じが違う。チーズが変な気がする。でも、ちゃんとマスカルポーネを買ったし…。まあ、いいや。これ、もってかなくっちゃ。
バーバラ&クルト宅でおいしい夕食をご馳走になり、いよいよデザートの時間がやってきた。ティラミスを切り分けて、クルトが味見。「ん~、なんかヘンな味がするよ、このティラミス…」「え、やっぱり?」「悪いけど、これ食べられないよ」と申し訳なさそうに、でもきっぱりとティラミスはゴミ箱行きになってしまった。「まあ、初めてのことだからね」とご愛嬌。
なにやら納得いかないまま、次にまたティラミスに挑戦する日がやってきた。前と同じように、間違わないようにチーズの売り場へ行って「マスカルポーネください」と注文。「はいはい」と店員さん。うちへ帰って見ると、前に買ったチーズとおんなじだ。「う~ん、また変な味になりそう」と思いつつも、この「マスカルポーネ」で再度ティラミスづくり。そして一口食べて、やっぱりまたゴミ箱へ。おかしいなあ…
正しい「マスカルポーネ」に気がついたのは3度目のときである。容器に入った「マスカルポーネ」が冷蔵の商品棚にいっぱい並んでいるのを発見!「あ、これがマスカルポーネだ。じゃあ、あれは…」とチェックすると、私がいままで買っていた「マスカルポーネ」は「ゴルゴンゾーラ・アル・マスカルポーネ」だった。チーズ売り場の人も意地が悪い。そんなことは一言も言わずに「マスカルポーネ」を包んでくれていたのだから。ティラミスに青カビ入りのゴルゴンゾーラなんか使ったらおいしいはずがない。
でもそれ以来、このレシピーはひどく好評で、何かのパーティのときにもっていくと、見知らぬ人がわざわざお礼を言いに来てくれたりする。オリジナルより少し甘さを控え目に、そしてリキュールの量を多めにしているのがミソかも。
この話を思い出したのは、今日、キッチンでティラミスをつくっているときに夫が来て「チーズを入れちゃダメだよ」とぼそっと言ったためである。これは15年経ったいまでも笑いの種になっている。いいのよ、いいのよ、いくらでも笑ってちょうだい。
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2005年7月11日
土曜日には、ティラミス第一号事件がやっぱりまた掘り返された。きっと、死ぬまで言われるんだろうなあ。
さっき、過去メールを見ていて、不定期に友人・知人に送信しているメルマガ「まぐまぐ」の読者投稿千早版ベストの一つを何の気なしに読み返した。短い文章でみごとに情景を思い浮かべさせて、思わず笑いを誘うものばかり。そんな文章がいくつも続くと増大効果が出るのか、はたまた私の気分の問題なのか、一度ならず何度も読んでいるものばかりなのに、さっきは涙が出るほど笑ってしまった。日ごろ、誰にでも起こりそうなちょっとおかしい事件。 読んでみたい方は連絡してください。送付リストに加えます。笑いじわなんて怖くない!
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2005年7月16日
昨日は義理の母宅で夕食をご馳走になった。彼女はお料理がうまいので、いつも楽しみ。まるでレストランのようにきれいに飾り付けられたミックスサラダやヴィテロ・トンナートがテーブルに並び、ピリリと辛いガーリックブレッドといっしょに遠慮なくいただく。ワインとデザートは私たちの担当だった。最近のワインはアルコール度がやたらと高いような気がする。以前は12.5パーセントくらいが普通で13パーセントだと少し高めかなあという感じだったのが、最近では14度もざらにある。強い強い。今回のデザートはイギリスのトライフル。これも夫の大好物である。デザートをいただく頃には義母はもうだいぶんできあがっていたが、「おいしいおいしい」とトライフルをお替りしてくれた。とってもうれしかった。
彼女は数年前に離婚し、義父はその後すぐに亡くなった。現在、彼女は恋人と一緒に暮らしている。彼はオーストリア出身で、酔うと饒舌になり時々閉口するけれど、昨日はけっこうしっかりしていた。義母はいつの間にかベッドでお休み、3人で12時過ぎまでおしゃべりしていたが、話題が…なんだったっけ、オートバイか何かだったかな…に移ったときに、この彼、「ヤマハ」が言えなくて私を大いに笑わせてくれた。実はこれは夫も言えない。どうしても「ヤハマ」になってしまうのである。何度「ヤ・マ・ハ!」と教えても無駄。なぜか、これが言えない。不思議だ…
本文とは関係ないけど、最近写真がないのでモグリが特別出演
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2005年7月28日
先日、友人からお買い物をした。彼女は長年、焼き物に夢中になっている。ゆでたまごを入れる容器をたくさんつくっているというので、写真を見せてもらい、気に入った形や色を選んで特別につくってもらった。私が注文した形のほかにもいろんなものをつくってもってきてくれ、選ぶのに一苦労。焼き物なので壊れることもあると思って、余分に4個購入した。お店で売っているものに比べたら値段は張るけれど、友人の手づくりだと思うと見ているだけでも楽しい気分になる。これから大事に使わせていただきます。これでやっとまた7分ゆでたまごを朝食のテーブルに載せられる!(8月5日追記:7分だと長すぎて、ほぼ固ゆでになってしまった。次は5分くらいかな。普通は3分だけど、それだと私にはナマナマ過ぎる)
ちょっとずつフォームが違う
昨日は、5ヶ月間寄宿舎に寝泊りしながら「農婦学校」で学んでいた友人と久しぶりに面会。卒業記念展示会の案内をもらったので行ってきたのだ。時間割を見るとかなりシリアス。法律や簿記なんかもちゃんとある。2時半から始まるファッションショーにぎりぎり間に合ったけれど、会場は満杯。それに暑い!昨日は久しぶりに30度を越す陽気になったのだから。22名の乙女たち(友人は私とほぼ同い年だけど)は縫い物から編み物、木彫り、焼き物、ハーブ栽培など多彩な領域に渡ってすてきな作品を残している。私の友人も「正しい選択だった」ととても幸せそう。この農婦学校はチューリヒのFahr修道院が運営している。リマト川のほとりにあって環境も抜群。ファッションショーを終え、ガーデンカフェでの仕事も一段落ついて休憩時間になった彼女からいろんな話を聞いた。私もやろうとは思わないが、ちょっとだけ違う世界をのぞき見たような、「行ってよかった」と思う帰り道だった(暑かったけど)。
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2005年8月1日
今日はスイスの建国記念日。貴重な祝日である(スイスの祝日は少ない)。あちこちで記念行事やスピーチが催され、夜には花火が上がる。昨日の夜から、待ちきれない人々がもう花火を上げていた。今朝7時にも、教会の鐘とともにポンポンと長い間何かが破裂する音が続いていた。 午後には夫の妹一家がやってくる。昨日、3週間のイタリア旅行から帰ってきたばかり。お土産話が楽しみだ。
さて、昨日の日曜日はスイス一の動員数を誇る多目的会館Hallenstadion(ハレンスタディオン)の14ヶ月間にわたる改築工事が済み、一般に初公開された。わずか5フラン(400円くらい)で12時から4時までいろんな催し物を楽しみ、普段は(高くて)入れないロジェなども見学することができた。ビールかミネラル一本もおまけについている。なんて太っ腹! 前もってプログラムをインターネットでチェックしようとしたけれど、そういう情報は一切なし。開場時間の11時半ぴったりにハレンスタディオン前につくと、もう大勢の人々がまだ閉まっているドアの前に群がっていた。群集は文字通り老若男女、あらゆる年齢層が揃っている。このハレンスタディオンをホームとするアイスホッケーチームZSCLionsのファンと思しき若者たちから、銀髪の女性たち、家族連れ、もう何十年も連れ添っていそうなご夫婦、一人でやってきている中年男性。なんだかびっくりしてしまった。これだけの人々にこのハレンスタディオンは愛されているんだ。
やっぱりZSCファンの夫に引きずられて行った公開日だったけれど、思いがけないプレゼントが用意されていた。いや、ゲストの中にちらりと名前を聞いていたけれど、あまり気に留めていなかった。なんと、あのフィギュアスケートで現在世界No.1のステファン・ランビエールが演技を披露してくれたのだ!!あの華麗なスピン、素晴らしいジャンプ、しなやかな肢体、軽やかなステップ。たった5フランよ!にくいにくい。これだけでもう行った甲斐があったというもの。 最初は、ZSCの登場を待ち望むアイスホッケーファンがZSC用の声援をわめき散らして何となく彼の演技を妨害気味だったけれど、それもだんだん消えうせて、最後は拍手拍手の嵐。カンドー的だった。あとからのインタビューで彼は「アイスホッケーファンとフィギュアファンの両方がいてなんだか少し面白かった」などと余裕の発言。フランス語圏の出身だがドイツ語もうまいし、好感度はバツグン。 初めは1~2時間で帰るつもりだったけれど、結局最後まで残り、4時間をこのハレンスタディオンで過ごしてきた。しつこいようだけど、5フランで4時間!唯一の悔いはカメラを持っていかなかったことでした。
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2005年8月7日 昨日の土曜日、2年ぶりくらいで夫の叔父・叔母夫婦に会った。義母と義妹一家とともに、チューリヒから車で一時間くらいのところに住んでいる彼らの家へ招待されたのである。二人は田舎にある小さなホテルの最上階を素敵に改造して悠々自適に暮らしている。
約束どおり2時半ぴったりに着くと、テラスにアペロの準備が整っていた。緑に囲まれ、ハーブやプチトマト、ピーマンなんかも植えられていて、相変わらず手入れもばっちり。軽いおつまみと白ワインでおしゃべりをしているうちに義妹一家も1時間ほど遅れて到着。もう8ヶ月になったレアンドロは叔父夫婦とは初対面だ。
目のつくところに時計がなかったのでよくわからないけれど、夕食が始まったのは5時くらいだったのだろうか。スイスではあまりお目にかかることのないタコのサラダに始まり、叔父得意の豚の塊り肉グリルに仔牛のすね肉ソース、それに野菜のグリルが添えられた。叔母は以前、チューリヒでカフェを経営していただけあって、デコレーションも凝っている。テーブルを飾るさりげない花もしゃれた感じ。
大人が7人、子どもが1人。なんだかみんながいっせいにしゃべっている感じで、賑やか賑やか。私が口を挟む隙なんかほとんどない。テーブルの上を会話があちこちに交差している。まあ、おいしいお食事をいただいている間は、少し静かだったかな。みんなお酒も好きな方だから、ワインのビンが次々に空けられていく。お腹いっぱいご馳走を詰め込み、1時間くらいワインだけで話し込んだだろうか。デザートの時間がやってきた。マンゴとアイスクリームがこれまた美しく盛られてきた。みんなため息。エスプレッソ、アマレット、コニャック…。もうおなかいっぱいだ。でも、このあとも談笑はまだまだ続く。
叔父さんは昔からジョーク好きだったらしい。会うたびにいつも面白いジョークを披露してくれる。その話し方がまたうまいので、みんなにオオウケ。でも、私一人よくポツネンと笑っていいものやらどうしたものやら。この日、気がついた。外国語のマスターの度合いって、ジョークが理解できるかどうかで判断できるかも。ジョークはたいてい、その国の文化も理解していないとわからない。ことばも文化の一つだ。スイスジャーマンでしか言えないスイスのジョークもあるし、ハイジャーマンに直してもらっても、育ってきた環境が違うために私にはあまり面白くないこともある。私はまだまだ勉強不足みたい。
レアンドロがいるから早めに集合して早めに解散するという予定だったが、それでもお開きは10時半。コニャックのあと、もうそろそろかな、とひそかに思っていたけれど、なんのなんの。またまたワインの栓が抜かれ、9時過ぎになると叔母が再びキッチンに立ち出した。ふと見ると、種々のチーズを切り分け、ブドウとナシをお皿に盛っている。これは典型的なデザートだ。これにフランスパンのトーストがつく。私はもうお腹いっぱい。結局なんにも食べなかったけれど、みんなはおいしそうにチーズや果物をほおばっている。信じられない!日本食育ちと乳製品育ちの差をまざまざと見せつけられた感じだ。ほんとにタフなお腹!8時間も飲み続け、食べ続けられるんだから。
どきどき雨がぱらぱら。テラスの大きなパラソルの下で。
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2005年8月9日 私がどんな悪いことをしたって言うの?そう思うと泣けてきた。
なんて書くと「いったい何が起こったんだ!?」と思われるだろう。実は、そんなにたいしたことじゃないんです。
昨日、いつもどおり自転車で近くのスーパーへ買い物に行った。この日はなぜか、「いいや、今日はロックしなくても」と思ってそのままスーパーへ入った…この辺で、感のいいみなさんはもうお気づきになったでしょう。20分ほどで買い物を済ませ、スーパーから出てくると、入口付近に止めておいた私の自転車が消えている!! そんなバカな…。うそでしょう…。 前にも何度かロックしないでおいたことがあったけど、平気だったのに。
私が住んでいる地域は裕福な人がたくさん住んでいることで有名なので、スーパーの特価品で買った安物自転車なんか誰も欲しがらないだろうし、そもそも物を取る人がいるなんて…。いまの世の中、人は疑ってかからなきゃいけないんだ。いったい、誰が…。あの自転車は、夫のお下がり自転車が15年目にしてそろそろガタついてきたので、去年新しく買い換えたばかりだった。安物でも新品はやっぱり気持ちいい。これからまた長年お世話になるはずだったのに。それにしても、人のものを勝手にもっていく神経、私には理解できない。悔しいやら、情けないやら、悲しいやらで、徒歩での帰り道も泣きそうな顔をしていたに違いない。
家に帰ってすぐ警察に電話した。居住地の警察へ自転車保険の控えと自転車の製品番号をもって出向かなければならないそうなのだが、どこを探しても製品番号の載った書類が見つからない。きっと捨ててしまったのだろう。そうしたら見つかる可能性はもうほぼないから、夫は新しい自転車を買おうという。それでも夕食の後、車で近辺を走り回って、自転車を探した。そうしてくれる彼のこころがうれしかった。
一晩寝たらだいぶん落ち着いたけれど、思い出すとやっぱりいやな気分。でも、昨日思った。これくらいのことで泣いていられる私はきっとしあわせなんだ、と。
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2005年8月20日
書類も見つかり警察へ届け出たけれど、自転車はやっぱり見つからない。そろそろあきらめ時かなあ。どこか早く特売してくれないかしら。
今週1週間は翻訳の仕事で忙しかった。丸2日間は家に閉じこもりっきり。何とか締め切りに間に合った。ほっ。 来週もろうの人たちのBBQに参加したり、日帰り旅行の付き添いをしたり、コミュニケーション・アシスタントコースのワークショップへ行ったり、その合間には通訳の仕事が入っていたり、来瑞する人を迎えに行ったり、日本で聴覚障害者に関わっている方と初対面したりと、とっても忙しくなりそう。ひょっとして、今年のハイライトかも。
ここ数週間、全然手話を使っていない。昨日、テレビを見ながら画面に出てくる人の名前を指文字で表そうとして、スピードがものすごく落ちているのに気がついた。ショック!やっぱり常日頃から使っていないと、すぐに動かなくなってしまうんだ。来年実施される手話通訳コースの入試を受けるだけ受けてみようと思っているけれど、これはやっぱり危ないかな。ドイツ語で落ちるだろうと予想しているんだけど、手話もダメかも。う~ 最近のモグリ |
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2005年8月28日
今年のハイライトは無事通過していった。
火曜日、ジュラ地方へのろう者との日帰り旅行は、親切な運転手さんと懐かしい顔、新しい顔、気心の知れた仲間と一緒に事故もけがもなく無事終了。天気は今ひとつだったけれど、行ったことのない地方にまで足を伸ばしたので、なんだか得した気分。
水曜日、木曜日は通訳のお仕事。今回はチーズ工場の見学や商談。通訳でも翻訳でもそうだが、私には専門がないので、私の一般知識でできそうなお仕事はすべて引き受けさせていただいている。だから、逆に勉強させてもらうことが多い。今回もチーズについてだいぶん勉強させていただいたし、チーズ工場の見学もとてもおもしろかった。それに、いつもそうだけど、クライアントの方々がまたいい方ばかり。楽しくお仕事させていただいた。そして、最後にいつも思うのが「私の通訳で十分だったかしら」ということ。翻訳でも通訳でも「正直な感想を聞きたい!」といつも思う。
そして金曜日。朝、知人の娘さんを空港へ迎えに。彼女はお父さんの仕事の都合で家族揃ってスイスへやってきて、お姉さんと一緒にインターナショナルスクールへ通っていたのだけれど、両親は先に日本へ帰国、残っていたお姉さんももう卒業して、今年1年は一人で学校を終えなければならない。6時半に着陸していたのに、私が迎えに行ったのは8時半過ぎ。長い間待たせてしまった…。チューリヒ中央駅でちょっとおしゃべりして11時ごろ彼女は電車で寄宿舎へ。
私はいったん家へ帰って、お母さん、つまり私の友人(彼女は日本で手話通訳をやっている貴重な友人)が彼女にたくさん持たせてくれたお土産をおき、昼食を食べてから再び中央駅へ。ここでノーベルトやドリスと待ち合わせてコミュニケーション・アシスタントコースのワークショップへ向かう。この日はアッシャーシンドロームの人用の手話や盲ろうの人用の手話を習った。なかなか興味深かったけど、私たちにはもっと練習が必要みたい。机上の知識が多くて実地が少ないので、批判的な声がだんだん大きくなっている。その声にはもちろん私も納得しているけれど、このプロジェクト的なコースにはやっぱり限界があるのもしかたがない。帰りの電車には仲間が多い。中央駅で別れ際にまた話が弾み、というか、私が手話通訳のコース仲間にいろんな質問をして、彼女がまた親切ていねいに答えてくれたため、いつまでも立ち話が続いた。 その後はもう一つ、最後の楽しみが待っている。大正大学カウンセリング研究所の村瀬教授にお目にかかることになっていたのだ。ホテルの部屋のドアを開けてくださった村瀬教授は、小柄で上品でいつもにこにこと笑っていらっしゃる暖かなおばあちゃまといったふう。教授は聴覚障害者の心のケアを研究されている。もっといろいろとお話をお伺いしたかったけれど、日本から着いたばかりで3日後にはまたお帰りになるという強行スケジュールなので、次の機会を楽しみにすることにした。このときは村瀬教授ばかりではなく、新たに2人の日本人女性とも知り合い、刺激を受けて帰宅。誘ってくれたK子さんに感謝。
こんな一週間のあとの土曜日はぐったり。毎日ちゃんと睡眠は取ったし、朝もこれといって疲れは感じていなかったけれど、やっぱり緊張の日々が過ぎ去ると一挙に疲れが出るものなんだ。この週は本当に多くに人に出会っていろんなことを体験した。まさに今年のハイライト。
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2005年9月3日
ついてない。今年は本当についていない年だ。
昨日、日本人の友人2人とレバノンレストランで久しぶりに会い、楽しい気分で夜中に帰宅すると夫はもうベッドの中。そこで何やらもぐもぐと言っている。「なになに?」とよく聞くと、テレビが壊れてしまったと言う。我が家のテレビはゴロゴロと移動できるようになっているのだが、そのときにコードに引っかかってテレビがぐらっと前に傾いたかと思うと一挙にぐわぁ~んと床へ倒れ落ちてしまったのだそう。外見はなんともなさそうだけれど、それからというもの、画面の3分の一ほどの真ん中だけが普通でその両端は色がおかしくなって緑がかって見えるようになってしまった。あ~あ。うちで使っているものはあんまり壊れない。別に特別大事に使っているわけではないけれど、何となくもの持ちするのであるーと思っていたが、これは思い過ごしだったのかしら。 その数日前にもこんなことがあった。モデムをコンセントに差し込もうとしたら、プラグの棒が一本ない。コンセントの穴にはまったまま折れていたのだ。これはその日の午後、すぐに新しいものと無料で取り替えることができたけれど。
今週の半ば、チューリヒ市警察から手紙がきた。これはもう交通違反の罰金と決まっている。封を切ったら、なんと250フランの罰金!どこかの信号で0.5秒早く発進してしまったらしい…。
その前にはご存知の通り、私の自転車を盗まれ、数ヶ月前には電車にしか乗れないという切符でバスに乗っていたとして80フランの罰金を取られ…。 友人の中にはこの夏のある夜、就寝中に強盗に入られて多額の現金を取られた人がいるから、そんな大事件と比べたら私たちの不運は小さな出来事でしかないが、あとからあとから続くとやっぱりちょっとおかしいと思ってしまう。
しかも、この不運は私たち夫婦のみではなくて、このアパート全体に及んでいるよう。いつだったか、ドイツ人男性の住人から電話がかかってきたかと思うと「街で財布を盗まれた!アパートや車の鍵から身分証明から全部入っている!」と大パニック。そのあと、隣の男性もやっぱり財布をなくしたと聞き、びっくり。 昨日、新しい自転車に乗って太極拳へ行き、帰って来たらガレージから建物に入るドアに張り紙が…。何かと思って読むと、同じく隣の、今度は女性の方のガレージに止めてあった自転車が盗まれてしまったという!!まったくなんといいうこと!みんなケガや病気のないことだけが唯一の救いかも。
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2005年10月26日
今年があまりにもツイていないので、瑞筆を書くことすら止めてしまった ― わけではない。仕事の面ではけっこうツイているので、ひたすら一生懸命翻訳に励んでいたのである。もし、この瑞筆を定期的に覗いてくれるような貴重な方がいらしたら申し訳ないなあ、と心の隅で思いながら…。
いま、ちょっとだけ余裕ができた。とはいっても、この一瞬だけだろうけど、それでも「エッセイを書こう!」と思えるようになったのだから、だいぶん心にゆとりができたのかも。
今夜は、ある書籍の出版記念アペロに招待されている。写真集なのだが、そこに載せられているエッセイの翻訳をさせていただいた。いつごろ出版されるのかなあ、と呑気に考えていたら、ある日突然、招待状が舞い込んだ。ちょっと遠いけど、翻訳者としてやっぱり出席しないわけにはいかないだろう。もちろん、エッセイストや写真家の方々ともぜひお話をさせていただきたい。夫も引っ張り込んで、喜んで出席させていただくことにした。
明日はKA(コミュニケーション・アシスタント)としての初の実習。アッシャーシンドロームの若い女性が依頼してくれた。盲聾団体が計画している温泉への日帰り旅行である。参加者は10人ほど。随伴者の中には知っている人も多い。もしものときには頼りにさせてもらっちゃおう。でも、私が随伴する彼女はほとんど一人で何でもできるらしい。ほっ。やっぱり、ちょっと緊張気味なのだ。
ひと仕事、ほとんど終わりそうで少しだけ肩の荷が下りた。でも、うれしいことに(こんなことは一生に一度しかないかも!)次の仕事が待っている。気を入れ替えて、また翻訳をさせていただこう。
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2005年11月25日
信じられない!最後のエッセイの書き込みからまた1ヶ月が過ぎているなんて!「書きたい、書きたい」と思いつつ、なかなか時間が取れなかった。いまもそう余裕があるわけではないけれど、ちょっといい気分なので書いちゃおうっと。
昨日は、毎年恒例のクリスマス・アペロへ行ってきた。お世話になっている翻訳会社が一年交代でチューリヒとローザンヌで開く、翻訳者の楽しい集まりだ。昨日の集合場所は我が家からなんとバスで10分のところにある駅。社員たちは私たちにいつもびっくり箱を用意してくれている。6年前に初めて参加したときは中央図書館の見学、2年前に休憩を挟んで再び参加したときはチューリヒ動物園に新しくできたマダガスカルのマソアラ半島を再現した温室。夕方だったので、いろんな動物にお目にかかることができた。そして今回は産業の機械化が始まった頃に建てられた製粉所の見学だった。いまではもうここにしかないような仕掛けを見るのは興味深く、最後は、その昔、小麦粉を詰めた袋を滑り落とした滑り台で3階からしゅるしゅるしゅると降りてきた。しゃれっ気があってなかなかグッドなエンディング。人数が多かったので2グループに分かれ、私は見学の前にこの製粉所で引かれた粉を使ってパンを焼いた。パンの形をつくるいろんなテクニックを教わって、こっちもおもしろかったなあ。自分で焼いたパン(というか、形をつくった、と言った方が正しいか)はお土産。きれいにできて大満足だ。
そのあとはアペロ、チューリヒの街にあるリマト川沿いのレストランへ。そこで、2年前に同じテーブルで会話が弾んだスペイン人の男性に再会。彼から「リューティさん、XXさんからよろしくって言付かってきました」と言われたけれど、その「XXさん」に心当たりがない…。いったい誰だろう???と思っていると、またまた別の男性が「XXがよろしくって」あらまあ、なんということ。私は決して知り合いが多いほうじゃないのに、この「XXさん」も聞き覚えのない名前。でも、よく聞いたらドイツ語コースのクラスメートだった。そうそう、彼女もこの会社を通して一度仕事をしているのよね。
こんなふうにワイワイやっていたら、ボーイの一人が「ニホンジン?」と日本語で話しかけてくるではありませんか。またまたびっくり。彼はバングラディッシュの出身で日本に1年半住んでいたのだとか。その割には日本語ができる!スイスにも5、6年住んでいるのだけれど、その割にはドイツ語ができる!語学の天才っているのよね…。
その後はテーブルに落ち着いて、そのスペイン人の男性とイタリア人の男性とおしゃべり。そこへ、ほぼ私担当になっている社員も加わり、これまでは「Sie」(敬語を使う相手)で話していたのだけれど、これからは「Du」(もっと気さくな友達関係)にしようということになり、さらに調子がくだけて和気藹々。翻訳の話もたくさんでき、ああ同業者だなあ、ああ話が通じるなあとカンドーしながら楽しい時間を過ごしてきた。
書きたいことはまだまだ尽きないほどあるけれど、今日はこのくらいにしておこう。 来年のアペロはローザンヌだ。これまでは、遠いしフランス語できないし、と断っていた。でも、今回新たに知り合った男性に「チューリヒにもフランス語圏から来ているんだから、僕たちもローザンヌへ行こうよ」と言われ、いまはちょっとその気になっている。ほんとに、イタリアやオーストリアからもわざわざ来ているくらいだものね。女性は男性より少なかったけど、みんな気さくな人ばかり。「あなたは何語?」が挨拶代わりで、すぐに打ち解けられる。4年前は気後れして行くのを止めたけど、最初のアペロで知り合った、いまはお姉さんのような存在の女性に「ダメよ、行かなきゃ。行って人脈をつくるのよ」と叱られたので、また行き出した(彼女はいま翻訳を止めて大銀行でバリバリ活躍している)。彼女にお礼を言わなくっちゃ。これからは行くのが楽しみだ。
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2005年12月24日
今年はどうやら最後の最後まで時間に追われて過ごしそうな気配。 とはいえ、昨日の夕方からいままで(午後3時前)少しクリスマス気分を味わった。昨日は義母宅で夫の誕生日とクリスマスを兼ねてお祝い。文字通り、気分が悪くなるまで食べてしまった。こんなことは久しぶりだ。でも、招待されるとどうしても食べ過ぎてしまうのよね。敬虔なクリスチャンはいないので、歌を歌うこともお祈りをすることもなく、ただしゃべって飲んで食べてプレゼントを交換して終わりだけど、家族が集まるというのはやっぱりいいものだ。
今日は3日分の食糧とモグリへのクリスマスプレゼントを買いに行った。私の机の下に敷いている羊のマットがあまりにも汚れて何やら匂いがしだしたような気がするので新しいものに買い替え、えさを入れる容器の下に敷くマットもついでに購入。さあて、モグリは気がついてくれるかな? 昨日のトミーの誕生日にはネズミを一匹お祝いに持って帰ってきた。トミーはもう仕事に出かけたあとだったけれど。
さっき、お隣さん家族がやってきて、今日の夕方のクリスマスアペロに招待してくれた。ほとんど恒例になってきたぞ。でも、いつも呼んでもらってばっかり。たまにはうちにもご招待しなくちゃなあ…。
さて、それまでもうひと仕事しよう。 みなさまも楽しいクリスマス、そしてよい年越しを!
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