瑞筆  スイスで綴るエッセイ 2007年編

 

日ごろの生活の中でふと心よぎったこととりとめのないいなどをそのまま書き綴りました

 

 

 

 

2007年1月21

 

今年もすでに20日が過ぎた。メール以外のクリスマス(!)&ニューイヤーカードはいまだに出していない。ああ、良心が痛む…。でも、あと一ヶ月は無理だろうなあ。その頃にはやっと冬らしくなって、寒中見舞いか何かが出せるかも。

 

数日前にささっと過ぎ去った44歳の誕生日は、ものすごくたくさん仕事をしたような気がする。去年は確か、ちょっと休憩を入れさせてもらったのよね。でも、今年はそんな余裕はない。次から次へと片付けなければならない仕事が出てくる。でも、この日はちょっとしたサプライズがあった。夫の誕生日に手袋の片手をなくし、今年に入ってから手袋と同色のマフラーも電車の中でなくしてしまった(普段はめったに物をなくさない私。新しく買った携帯電話や仕事に気をとられてダブルパンチ)ので、それをプレゼントにちょうだいね、と義母にお願いしていた。それならその日、ついでにお昼を食べにお出でよ、と言ってくれたのだが、夫も仕事、私も仕事、ちょっと時間に余裕がない。と断ったら、義母はこの日のお昼前にBFと一緒に「そっちがプレゼントを取りに来られないのなら、プレゼントの方からやってきたわよ」と顔を出してくれたのだ。突然の訪問でびっくり。部屋には洗濯物が干してあったりしたけれど、ちょっと入ってお茶でもしようよ、と少しだけおしゃべりをした。朝一番には私の代子がかわいい声で「おめでとう」と電話をかけてくれ、義妹の坊やも電話口で歌を歌ってくれた。日本の家族や最近あまり会えなくなったスイス人の友人からもお祝いのメールが届いて、すごくすごくうれしかった。

 

この日は特にお祝いをせず、2日後に私がちょうど外出する用事があるので、そのときに夫と2人で夕食を外で取ろうということになっていた。それなのに、夫は夕方、片手にシャンペンボトルを持って帰って来るではないか。わあい、わあい。人を驚かすことはあまりできない夫だが、このとき私は驚いた。ホントに何も期待していなかったのだもの。

 

でも、2日後の外食は高くてそれほどおいしくもないタイ料理(私の選択が間違っていた…)だったため、寒々としたしらけムード。あのレストランにはもう二度と行かないぞ!

 

 

 

2007年2月25

 

昨日は母の誕生日だった。もともとあまり連絡を取らない方(お互いに)だったが、母が携帯を買ってからメールでやり取りをすることが増えた。でも、誕生日くらい電話をしなくちゃと、久しぶりに母の元気な声を聞いた。プレゼントも贈っていないし、なんて親不孝な娘…。でも、私たちはそれなりに幸せなのだ(と思っている)。

 

11月からかかっていた膨大な量の仕事もあともう少しで終わる。何とか締め切りに間に合いそうだ。校正をしてもらっている女性とも楽しくやり取りしながら、そして励ましてもらいながら、ようやくここまできた。

 

その間に2冊の翻訳書が出版された。「された」というのは実は正しくないけれど。

「翻訳・通訳」のページでいずれきちんと紹介をしたいと思っているが、1冊目は去年の暮れに友人との共訳で出させてもらった足の健康に関する本だ。この本とシュピラルデユナミックに出会ったおかげで、実は私の足も病気だったことが判明。以来、この本に載っているトレーニングを続け、いまの私の足は一年前とかなり違ってきている。

 

2冊目はもうすぐ発売予定。たぶん『スイスの使用説明書』という題になると思うのだけれど、こちらは住んでみて初めてわかるスイスの顔を皮肉たっぷりに紹介した本だ。私はこの本の原書を読んで大いに笑った。私のスイス像はまさにその通りなのだもの。もともとドイツ人向けに書かれた本なのだが、いまスイスは、まさに侵略を受けているといってもよいほど大勢のドイツ人が住むようになっており、原書は時どきマスコミにも取り上げられている。

 

いまの仕事が終わったら、久しぶりに週末はどこか遠くへ出かけてゆっくりしたいなあ…と、そろそろ、仕事から目がそれ出した今日この頃。

 

 

 

20073月25

 

忙殺の日々が過ぎてもう1ヵ月近くが経つ気抜け状態の中で、それでも2冊の翻訳書のPRを始めたり残りの仕事を片付けたりしているうちにもう夏時間になってしまった。去年の秋に始めた日本の古典文学の勉強も中断したまま。4月になったら再開するつもりなんだけど…。

 

日本人の知り合いが増えたせいか、本のジャンルのせいか、今度の2冊はこれまでよりも売れ行きがよい(あくまでも私の周辺の話)。うれしいな~。いつも1人でも多くの人に読んでもらいたいと思いながら訳しているから、こういう現象には励まされる。

 

出版翻訳はほとんど趣味みたいなものだけれど、個人のクライアントからいただく仕事にはさまざまなものがあって、これはこれでヒジョーに興味深い。他人の人生を垣間見ることも珍しくない。会社ではなく個人の場合、金銭的な余裕があまりない人も多い。そんな中で、決して安くはない翻訳料金を支払ってでも翻訳してもらおうと思う人々の背景を考えると、とてもじゃないがいい加減な翻訳はできない。たとえそれが割に合わないものであっても。

 

最近はよくスイスインフォさんのお世話になっており、スイスに関する記事などを訳すことが多いので、だんだんスイス通になってきた。先日も太極拳の先生(スイス人)とベルンのパウル・クレー・センターの話になり、「あのレンゾ・ピアノの建物もいいよね~」と私が言うと、先生は「物知りね~」と感嘆。私がそんなことを知っているなんて思いもよらなかったに違いない。ふふふ。私はあわてて「最近、スイスインフォから仕事をもらっていて、その内容はほとんど忘れちゃうけど覚えていることもあるのよ~」となぜか言い訳をしてしまった。

 

そういえば、この忙殺の日々の間に1つちょっと悲しい出来事があった。もう9割がたは大丈夫だと思っていた漫画『わが指のオーケストラ』の独訳出版が振り出しに戻ってしまったのだ。あ~あ。忙しかったので、このことについてはほとんど考える暇がなかったけれど、これからまた新たに出版社探しを始めなくっちゃ。フランス語には訳されたから望みはあり!

 

来週は久しぶりに翻訳ワークショップがある。まだ準備は終わっていない。急がなくちゃ。でも、明日から。

 

先週は雪が降りっぱなし。初春になってやっと冬の到来?

 

 

 

2007年4月15

 

やるべきことはほぼやり終えた日曜日。ほっ。

…と思っていたら、今朝のメールの中にザンクトガレンに住むスイス人の知人から1通着信。開いてみると予想通りー「いつになったら、私が編んであげたスカーフをもらいがてら、ザンクトガレンへ遊びに来るのよ~」

そうなのよ、そうなのよね。暖かくなる前に行きたかったのだけど、もうイースターも済んじゃったのよね。

 

5月半ばの転職を控え、夫は最近よくうちにいる。天気もいいし、私の仕事も少ないし、2人でぶらっと出かけることが多い。こんなことはもうこの先ないだろう(と望みたい)し、私もなるべく夫のリズムに合わせたい。それに、新しい住まい探し!これに時間がかかる。隣近所の騒音がもとで、そろそろここを出たいねと2人して思い出したのが去年か一昨年。そんなところへ、オーナーの息子さん一家のお隣さんが「だんだん手狭になってきたから、お宅も使いたいの。悪いけど10月末までにどこかほかへ移ってもらえないかしら」と通告。がが~ん。出たいとは思っていたけど、出なくちゃいけないの?それも1年以内に?夫はまだ失業中だった。あやや。

 

次に移るなら新築の防音がしっかりしているところがよかった。でも、そんなアパートは高い。それならいっそのこと買っちゃおう。そのほうが月々の家賃が低くなる。どうせ買うんなら、省エネ建築のMinergie(ミネルギー)アパートが絶対いい!…という理論に夫を納得させ、アパート購入を考え出していたところだったのに、1年以内にそんな住まいを探すなんて絶対無理!…というわけで、しばらくはいったん賃貸に引っ越してから、改めてゆっくり分譲を探すか、となった。暇を見ては良さそうな物件を見に車を走らせる忙しい日々を送っていると、またまたピンポ~ン。ニコニコ顔のお隣さんはこう言った。「えへへ。もう急いで出て行かなくてもいいよ。うちも別の場所に引っ越そうかと思うんだ」。あ、そう。

 

こうして我が家はめでたくもうしばらくご近所さんの騒音に耐え、ゆっくりとMinergie分譲アパートを探すことになったのでした。

 

Minergie建築はまだまだ少ない。し、ちょっと高め。それに防音がしっかりしていることから、比較的うるさいところに建てられている。残念ながら。窓を閉めていても空気調節ができるから。

モグリのためにも私のためにも、1階の庭つきのアパートがいい。モグリが木登りできて、鳥やネズミを捕まえられるような場所がいい。なんて贅沢なことを言ってるといつまでたっても見つからないかも…。

 

実は我が家は今、車を買い換える予定でもある。今乗っているヒュンダイ(現代)のラントラはもうすぐ10年目。この車を買った時、冗談半分で「10年は乗るのよ」と夫に言った。私の父がそうだったから。夫は笑って聞き流していたけれど、結局は現実となってしまった。ふふふ。ここでも私は「ハイブリット車かガス車!」と主張。でも、ハイブリット車は高くてとてもうちには手が出ない。でも、ガス車ならなんとかなりそう。ところが、ガス車の種類はイマイチ。デザインが決め手の夫は首を縦に振らない。それにガスを置いているガソリンスタンドもまだまだ少ない。夫は燃費のいい小型車(私には小型に見えないけど)にするというので、もうあきらめている。勝手にしてちょうだい…。

                                     何か大事な物を抱えてるの?

さて、ザンクトガレンにはいつ行こうかな。  

 

 

 

2007年5月16

ザンクトガレンからまたメールが届いた。でも、まだ見通しが立たない…。ゴメンなさい。

 

先週1週間は久しぶりに休暇を取ってスペイン領のマヨルカ島で遊んできた。1300キロ走り回っていろんなところを見てきた。まだ観光客も少なかったし、風は強かったけれどいいお天気で、半袖にジーンズでビーチのパラソルの下に寝転がっていたら、腕は見事に土方焼け、ジーンズとTシャツの間から覗いていたお腹の部分も三日月形に日焼けしていた…。

 

スペインに行くと必ずオリーブを買ってくる。マヨルカでも、どのレストランに入っても必ずまずオリーブとパン、そしてパンにつけて食べるガーリックマヨネーズディップ(アリオリ)が出てくる。オリーブもディップもいろんな味があって楽しい。今回は黒いオリーブのガーリック味を発見。その辺のスーパーでそれらしきブツを見つけたので即購入。もう1つ、グリーンのオリーブもごく普通のを買ってきた。それから、ガラス製のエスプレッソの器。これはアンダルシアでは普通だったけれど、マヨルカでは全然見かけなかった。でも、あるショッピングセンターの中の小さなキッチン用具屋さんで見つけ、4個仕入れてホクホク。理想の形とはちょっと違うけど、ま、いいや。1個90セントだったし。

 

最後のクライマックスはオイル&ビネガーのガラス容器のセット。泊まっていたフィンカ(Finca、農家を改造した宿泊施設)の食堂(レストランという雰囲気じゃない)に置いてあったセットが気に入って、できたら買って帰りたいと思ったので、フィンカの娘さんに聞いてみた。彼女のお母さんは業者向けのお店で買ったのだそうだが、このタイプはもう生産されていないとのこと。それでも近くの町のお店を2軒教えてくれ、「ここならひょっとしてあるかも…」と行ってみたけれど、期待はずれ。あきらめて観光に出かけた。ところが、その帰り道に何と偶然ガラス細工博物館を発見!そして果たしてお目当ての品を見つけたのだった。うっふっふ。壊さないように気をつけなくっちゃ。空港ではスペイン産のブランデーも買って、今回の休暇はお土産がいっぱい。ホクホク。

 

 

帰ってきたら、モグリとシュールが仕事部屋で寝ていた。その日の夜は、1週間留守にしたお詫びにモグリと散歩。どうやら私たちを許してくれたようだ。毎晩、ネズミを持って帰ってくる。気持ちはうれしいけどね…。モグリは今年で7歳になる。ちっちゃな頃は外で遊んでばかりいたし、私たちが留守にするとそのあとは意地を張って長い時間帰ってこなかったりしていたのに、最近は甘えたさんになってきたみたい。うちにいることが多くなった。もっと暑くなってくるとまた変わるのかなあ。

 

 

ヘンな寝方…

 

 

 

2007年5月29

 

先週の金曜日、久しぶりにバーゼルの町まで出かけてきた。去年、バーゼル美術館訪問の際に通訳をさせていただいた「+Relax」の越野清美さん(http://www.p-relax.com/)が、5日間スイス美術館めぐりツアーの「最後の晩餐」に招待してくださったのだ。私を清実さんに紹介してくれた友人、ジュラ州在住の小説家マルキ明子さんももちろんいっしょ。もう何年も会っていないので、夕食の時間より2時間くらい早く待ち合わせをして、ツアーの皆さんが宿泊しているホテルのロビーでたくさんおしゃべりをした。

 

この日は、明子さんいわく「大阪の夏みたい」というくらい蒸し暑かった。ホテルのロビーは冷房が効いていておしゃべりに最適。フレッシュオレンジジュースもマヨルカのに負けないくらいおいしかった。久しぶりに会った明子さんはなんだか女性らしくなったような…。それとも、日ごろ真っ黒な顔ばかり鏡で見続けているからかしら…。

 

日本からいらした総勢24名のみなさんも色白い…。シニアグループで中には80歳を超えている方もいらしたけれど、みなさん、若輩者の私にもすごくていねいな対応をしてくださった。男性も意外に多い。夕食で同じテーブルになった2人のご婦人からは楽しいお話、ためになるお話、愉快なお話などを、もう1人同席されていたバーゼル日本人会会長のH子さんといっしょに楽しませていただいた。このH子さんとはここで初めて知り合いになったのだけれど、元気はつらつで気負いのない素敵な人だ。もう1人の「現地人」、同じく初顔合わせだったガイドのH子(会長さんとは違う名前です)さんは、もうみんなからべた褒め。私はホテルからバーゼル駅まで案内してもらっただけだけど、とても礼儀正しい、やさしそうな人だ。私に列車を逃させちゃならぬと、一生懸命早足で歩いてくださった。あまりお話できなかったのが残念。「ケガも病気もなくてよかったですね」と言うと「それがみなさんからの一番うれしいプレゼントなんです」とおっしゃっていた。

 

今回、清実さんが仕事をしているところを間近で拝見させていただいたが、アートを身近に体験することで人々の生活をもっと豊かにしたいと考えている彼女のエネルギーと芸術や人間に対する愛情をひしひしと感じた。ツアーのお客さんはみんな口を揃えて「越野先生の大ファンなんです」とおっしゃる。そうなるのが当たり前って感じ。

 

私は、恥ずかしいことにバーゼルに数ある美術館をほとんど訪れたことがない。亡くなった義父が一度、彼の友人と一緒に私をどこかの美術館に誘ってくれたことがあるが、はてさて、どこだったのやら…。清実さんの「美術館めぐりのおさらい」を聞いていて、私はすぐにいろんな美術館を訪ねたくなった。次の週末、夫に相談してみたところ、彼も乗り気になったが、数日前にサッカーの試合でチューリヒがバーゼルに勝って今シーズンの優勝を決めたばかりだったので、チューリヒナンバーの車でバーゼルに行ったら危険だ!という理由で延期になった。

 

夕食もお腹いっぱいごちそうになり、熱気が失せたガランとした上り(?)電車の中で、藍色に暮れ沈む窓の風景をぼんやり眺めながらチューリヒに帰った。ほんわかと暖かい気持ちに包まれて「ああ、チューリヒとは違うシルエットだなあ」なんて考えながら。

 

 

 

2007年6月30

 

昨日の夜、『スイスの使用説明書』の著者の1人、トーマス・キュングさんと初めてお会いした。お互いのパートナーと一緒にチューリヒの某レストランで夕食を、という話になっていたのだ。レストランは彼らに選んでもらった。私たちが行くレストランはいつも決まっているし、これといって適当なところが思い浮かばなかったから。新たにレストランを開拓するいいチャンスだし。

 

キュング夫妻は、思った通り、とても楽しい人たちだった。彼は「初めて自分の本が翻訳出版された!」ととても喜んでくださった。もちろん、もう1人の著者、ペーター・シュナイダーさんも誘ってくれたのだが、都合が悪く、欠席。彼もやっぱりとても楽しい人だという。まあ、ああいう本を書く人たちだものね。

 

「何で俺まで…」と最初はちょっとぶちょーづら気味だった夫も「現場」では楽しんでいたよう。キュングさんは元ジャーナリストだけあって好奇心旺盛。それにいろんな面白い経験をしてきている。話し上手で(自分で「僕はおしゃべり」と認めていた)、私は何度大声で笑ったことか。『スイスの使用説明書』執筆裏話やこの本にまつわる話も興味深かった。

 

彼とはきっと波長が合うだろうなあと思っていたけれど、まさかここまで…と思ったのは、彼も6年ほど前に椎間板ヘルニアに苦しみ(私は2週間前から症状が悪化。現在、治療中だけど、椅子に座っていると足が痛くなってまだ長時間は耐えられない)、さらにスイスドイツ語圏の手話も習っていたと聞いたとき。これにはびっくり!

 

彼が最初に言った通り、「ここの食事は安くはないけど、値段相応のものを出してくれ」たレストラン「Didi's Frieden」は、8時に入ったときはほぼ満席。空のテーブルが徐々に目立ち始め、残るは私たちを含めあと数組となって「じゃあ、そろそろ…」とお店を出たときは11時半だった。確かに安くはなかったけど、とってもおいしいお料理&デザートと愉快な会話に大満足の夜でした。

 

夫が頼んだチョコレートケーキ。大きなガラスのお皿にのっかったケーキを持ち上げる天使(?)はチョコを使ってコックさんが手書きしたもの

 

 

 

2007年7月30

 

最近は1ヶ月に1度の更新が精一杯になってしまった。まあ、あんまり書くこともないけど。というか、書き留めておかないと「ああ、こんなこともあるんだなあ」という思いはすぐにどこかへ消え去ってしまう。

 

先週1週間は、去年に引き続き、ヨーロッパ射撃大会に出場する鈴木ひとみさん(http://www.h2.dion.ne.jp/~hitomi-s/)のエスコートを務めさせていただいた。場所はドイツのチューリンゲンにあるズール(Suhl)。射撃をやらない人は誰も知らないかも…。元東ドイツの地域だ。行くまでそんなこと全然知らなかったけど、みんなとっても親切だった。日本チームのメンバーも木下姉弟を始め顔見知りの人がほとんどだったし、私は去年よりかなりリラックスできた。とはいえ、やっぱり自宅に戻ると時差ぼけでもしているかのようにぐったり。ホテルであまりよく眠れなかったせいもあると思うけど、家ではぐ~っすり眠れた。

 

ひとみさんとの1年ぶりの再会は四六時中おしゃべりしてたって感じ。別れる頃にはこの人ほど私のことをよく知っている人はいないんじゃないかというくらいだったかも。でも、波長が合って長く一緒にいても全然疲れない。

 

今回ちょっと「いいなあ」って思ったのは、日本チームとお隣の韓国や台湾に暖かい交流があること。ほかの国の選手とももちろんやりとりはあるけど、やっぱりお隣と仲いいのはいいよね。オーストラリアのマイクもやさしそうだったなあ。チューリンゲン人は私がスイスに住んでいると知るとやたらとスイスのジョークを吹っかけてきたし、ドーピングテストの医師(だと思う)もよくしゃべった。ひとみさんから「まだまだ」を習ったウエイターもいつも上機嫌だった。いやはや、チューリンゲン人は木下姉弟やひとみさんに負けず、楽しいわ。

 

帰宅の日、ズールからニュルンベルクまでひとみさんと一緒にタクシーで走り、そこから電車でチューリヒへ戻るつもりで、電車の時間までひとみさんとこれからいらっしゃるご主人が滞在するホテルでおしゃべりし、3時過ぎに駅に行って指定席を取ろうとカウンターへ。すると、な、な、なんと!「今日、シュトゥットガルト線で第二次世界大戦時の不発弾が発見され、不通になっています。17時前のミュンヘン経由で帰るのが一番早いですね」だって。ミュンヘン経由は6時間かかる。シュトゥットガルトより1時間長く電車に乗らなければならない。チューリヒに着くのは予定より2時間遅れの23時前。なんてこった!よりによって何も今日でなくても…と騒いだってどうにもならない。言われたときは思わず頭を抱えてしまったけれど、今日中に帰れるだけでもお慰みかも…と、次の電車でミュンヘンまで行き、ここでまた1時間くらい時間をつぶしてやっとのことでチューリヒ行きの電車に乗った。夏休みが始まる週末だというので指定席を取ったけど、ぜ~んぜん。がらがらの1等車でぼんやりと窓の景色を眺めながら、今読みかけの『花神』に目を落としながら、そして時には居眠りをしながら電車の旅を楽しんだ。

 

またいつかエスコートを務めさせてもらって、日本チームのメンバーと再会できるといいな。あきちゃんもアメリカから来てね~。

 

          

 フランクフルトからズールへ。なんと、2重の虹の間を走ってきた!           ズールの街。木下姉弟とひとみさん

 

 

 

2007年8月13

 

昨日は小さなお別れがあった。5人家族のお隣さんの引っ越しが一昨日終わり、飼い猫のシュールだけ、新居に場所を作ってから奥さんが引き取りに来た。シュールは時どきモグリのエサを食べてしまうけど、モグリが生まれたときからず~っと一緒にいて、モグリにとってはお父さんみたいな存在だったに違いない。もう10歳を過ぎているから木登りはしないけれど、よくモグリと追いかけっこを楽しんでいた。我が家の仕事部屋や玄関前の石畳の上で、2匹して寝そべっていた。私たちがモグリと散歩に行くと、時どきシュールもあとを追ってきた。ああ、こう書いていても悲しくなる。

 

引っ越しても人間同士はいつかまた会える。人間は自分たちの都合で引っ越して、子どもですらも何かあったら言葉や行動でその気持ちを周囲にわかってもらえる。でも、シュールは…。何も知らないまま、突然まったく知らない土地へ連れて行かれたシュール、元気でいてね…。ちゃんとエサを食べてね。新しい友達をまた見つけてね。

 

お父さん兼大親友をなくしたモグリのこともとっても心配。彼は理解できるだろうか。お隣一家がよそに引っ越してしまったことを。シュールも行かざるを得なかったことを。もう二度とシュールと転げまわれないことを。シュールがオリに入れられて最後のお別れに来たとき、モグリもそばにいた。また病院に行くのかと思っていただろうか。それとも、やっぱり何か感じ取っていただろうか。モグリが、シュールがかわいそうでならない。

 

 

 

2007年8月27日

 

引っ越していった数日後、シュールが行方不明になった。 元お隣さんから何も連絡がないから、おそらくシュールはまだ見つからないのだろう。もう年なのに、今ごろ、どこでどうしているんだろう。誰か親切な人に見つけてもらえるといいんだけど。でも、シュールの首輪には住所が書かれている。拾われたら、きっと連絡が来るはずなのに。夫も毎日「連絡あった?」と聞く。悲しいけど、ない。

 

昨日はバーゼルへ和太鼓の「YAMATO」の公演を観に行った。その前に仕事でちょっとご一緒したので、中国野菜とかの差し入れを持っていった。彼らは世界ツアー中もずっと自炊なのだ。開演の20分くらい前に会場に着き、運良くプロダクションの人に会ったので、お願いして控え室の前まで連れてってもらったけど、やっぱり時間がなくて公演のあとに手渡すことにした。本番前の緊張の時間にお邪魔して申し訳ない…、と自分の行動を反省。

 

正直、何も知らなかったときは「ああ、またトレンドを追うグループか」と思っていたけれど、YAMATOのウェブサイト(http://www.yamato.jp/jp/main/main-flame.htm)を見て、全然そうではないことを知った。ひょんなことから生まれた名もないグループが、あれよあれよという間にここまで成長してしまったという感じ。でも、舞台はすばらしい。会場は盛り上がる一方だった。

 

和太鼓はもともと好きな方。日本人にとっては、心の奥深くまで染み入る音色だ。メンバーの若者たちはみんな元気いっぱい。そして、礼儀正しい。さわやか。個人的に質問したいことなんかもたくさんあったけど、2時間後にはスイス最後の公演を控えていたし、名残惜しかったけれどチューリヒへ戻った。レストランで夕食を食べながら、「彼らはまた舞台で飛び跳ねているんだ~。なんてタフ!」と密かに感心。そこまでタフにはなれないけれど、彼らの舞台で私もたくさん元気をもらった。

 

今ごろは荷物をまとめて次の公演地、フランクフルトへ向かっているのかな。

 

 

 

2007年9月8日

 

最近、夫がよく家を空ける。といっても、仕事のあとなかなかうちに帰って来ない、というわけではない。新しい会社に移ったばかりで、出張があるのだ。兵役を終えて以来、彼が長く家を空けることなんてあまりなかった。つまり、外泊していたのはほとんど私だった。

 

1人取り残されるというのは何とも寂しいものだ、ということがこの数ヶ月で身にしみた。出ている方は何かしらやっているわけだから、全然寂しくない。でも、うちに1人でいるとすご~く寂しい。ましてや、我が家はいま賑やかだったお隣さんが引っ越していって、昼間でもし~んとしている。こんなところに1日中1人でいると、いくらモグリがそばにいてくれるとはいえ、いくら仕事をしているとはいえ、泣きたい気分になる。かといって、外出ばかりしてもいられない。家でやる仕事がたまっているのだから。

 

これはたぶんまだ夫には話していないと思うけど、私は夫を看取ってあげたいと思っている。私が先に死んだら、彼の生活は荒れ果ててしまうような気がするから。私はもともと、どこかのレストランで高齢の男性が1人で食事をしているのを見ているのがつらかった。私のほうが夫よりきっと寂しさに強いと思っていた。でも、いま少しぐらついている。ほんとかな~。大丈夫かな~。

 

モグリに彼女ができたよう。大将だったシュールがいなくなって、最近、よくうちに遊びに来る。

手前がモグリ。シュールはまだ見つかっていない。

 

 

 

2007年10月10日

 

シュールが見つかった。連絡があったのは、私たちが南仏でボ~っとしていたときだから、もう2週間くらい前になる。「家出」をして何と10キロも離れた街に姿を現し、あるご家庭でお世話になっていたのだそうだ。そこにはほかに2匹の猫がいて仲良くしていたそうな。これに懲りてもう夜中に「外に出してくれ~」とごねることもないだろう。

 

懲りると言えばモグリも。先週の土曜日、シャンペンやらワインやらで酔っていたのか、私たちはモグリがアパートの建物の階段場にいることをすっかり忘れて床についた。夫は夜中や明け方にモグリの鳴き声を聞いたそうだが、てっきり部屋の中にいると思ってそのままグウグウ寝ていたのだそう。翌日は日曜日。私たちは10時くらいまで朝寝坊。アパートの住人たちも同じとみえて、モグリは約12時間、階段場に閉じ込められていた。いくら呼んでも誰も起きてこない。やっとのことで私たちの部屋のドアが開いたとき、モグリはブーブー文句を言って(本当にそういう感じだったのだ)、部屋の中をウロウロと歩き回った。そのあとはもうほとんど家に戻ってこなかった。

     サントロペのハーバー。絵を描く人がたくさん

 

さて、天気もいいし、私たちもちょっと歩きに行こう。ということで、階段を下りて地下の駐車場へ。そのとき、地下1階にあるほとんど使っていないドアの前に敷いてある足拭きマットの上に何やら黒いものが3列に並んでいるのがふと目に留まった。「あれ、モグリがここで吐いたのかな?」でも、よく見てみるとちょっと違う。もしかして、これ…。ああ、哀れなモグリ。きっと適切な場所を探してウロウロと歩き回り、誰の匂いもついていないこのマットの上を選んだに違いない。ごめんね~。今朝、様子が変だったのはそのせいだったのね~。

 

モグリの様子はほぼ一日普段と違った。私たちを責めているのか、自分を恥じているのか…。きっと、私たちを責めているに違いない。ごめんなさい。もう二度と忘れません。

 

話は変わって、10月から勤め出した。家にいる時間が減って、これまで週1回の割合で書いていたスイスからのニュースがだんだんたいへんになりそうな感じ。でも、もうこのニュースも8年目。えっ、もう8年目?われながらすごい。初めは知り合いなど30人くらいが読んでくれていたに過ぎなかったけど、最近では100人近くまで増えている。だから、やめちゃいけないかな。もう少しがんばろうかな、と思っている。

 

 

 

2007年11月28日

 

毎日働きに出ると、1週間の過ぎるのがさらに早くなる。サラリーウーマンになって早くも2ヶ月が過ぎようとしている。今日は1日代休を取った。すでに残業がたくさん溜まっているのだ。残業をたくさんするのはマネジメントが悪いということになるため、よい評価にはならない。だから、休暇も残業も「消化しろ」と勧められる。なんてうれしいことでしょう。

 

勤め出してから新聞をじっくり読めなくなった。今日は久しぶりに1時間半くらいかけて読みたい記事を読んだ。あれもやってこれも片付けて、滞っている書籍の翻訳をドンドン進めて…と計画していたのだけれど、朝寝坊してしまったので、やりたいことをほとんど終えないうちにもう3時。あれれ。もうすぐ日暮れだわ。

 

モグリにはちょっと申し訳ない。お隣一家とともにシュールがいなくなり、そして私も昼間はほとんど家にいなくなってしまった。その上、来月末から1カ月、猫ホテルに預けることになっている。私たちが旅行に出るからだ。良心ジクジク、ズキズキ。でも、これ1回だからね。絶対。許してね。

 

あと数日で12月。周りはすっかりクリスマス気分だ。今年こそは、私たちもクリスカードを送らねば!

 

 

戻る