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瑞筆  スイスで綴るエッセイ

 

日ごろの生活の中でふと心よぎったこととりとめのないいなどをそのまま書き綴りました

 

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2010年7月24日

 

昨日、少し時間があったので、久しぶりに友人・知人のブログをまとめ読みした。みんな、マメに書いている。すごいなあと感心。いろんな人のいろんな思いを読んだので、そのあと少し頭が混乱した。誰に何が起こったのかわからなくなった、というのではなく、人って本当にみんなが違う出来事に遭って、みんながそれぞれ違うことを考えているんだなあということ。

 

これは当然のことなのだけれど、今まではそういうことを一挙に知る機会がなかった。1ヶ月に1度とか3ヶ月に1度とかの割合で個人的に会っていろんな話をする。でも、そのときにはその人の話しか聞かない。今はインターネットというヒジョーに便利なものができて、みんなが当たり前のように自分に起こった出来事や自分の考えていることを公開している。

 

「地球はみんながポジティブな意識を発すれば良い方向にいく」という人がいる。私は根本的に、どの世界にも必ず善があれば悪もあると思っている。「みんなが良い人」という状況は絶対に訪れない。何者にも個性がある限り。そしてそれを比較する癖が私たちにある限り。と、まあそれはいいとして、みんなの意識を私はこのブログのまとめ読みで実感した。この地球には実にさまざまな思いが充満しているのだ、と。

 

昨日は、スイスの代表的な観光列車ともいえる「氷河特急」が脱線事故を起こし、日本人の観光客は死者1人を含む大きな被害に遭った。このルートは日本人に人気だ。私も確か、母と叔母と一緒に氷河特急に乗ったことがある。みなさんきっと、スイス旅行をずっと前から楽しみにして、電車の中でも楽しい、あるいはくつろきの時間を過ごしていたに違いない。母や叔母の姿とも重なって、心が痛みます。

 

 

 

2010年6月24日

 

グメーギがぱったりと遊びに来なくなってからもう1ヶ月以上が経つ。私はもう、グメーギもモグリと同じ運命に遭ったんだとあきらめているけれど、夫はまだ毎日グメーギを待っている。おねだりに耐えられず、チーズなんかを掌に載せて食べさせてあげると「ありがと、ありがと」と言いながらもぐもぐ食べていた。食べるのと同時におしゃべりしていた。かわいかった。飼い主の人が苦しんでいないことを祈る。

 

おととい、プールから上がったらなんとなく足元がおぼつかない。頭がくらくらする感じ。着替えて、バス停へ歩いていくときもなんだかへん。うちに帰って、左耳がよく聞こえないのに気がついた。こちらの耳は、もう5年以上前になると思うけれど、インフルエンザにかかったときに中耳炎になったらしく、キーンという刺すような痛みが続き、気がついたら耳鳴りが治らなくなっていた。1週間くらいしてからお医者さんに行った(インフルエンザでは医者に行かないのです)が、顔の整形もやっている耳鼻科医の彼は、「治るか治らないかはわかりません」と言って余計な薬ばかりくれた。耳の治療はお金にならないから薬で取らなきゃ、みたいな感じだった。

 

実際に耳鳴りは治らず、聴力も衰えた。でも、あまり気にならずにこれまで来れたのだけれど、今のはちょっとひどい。耳鳴りも大きくなったし、音が耳の中で反響している。最初は耳の中に水が入ったのかと思ったけれど、そうでもなさそうだ。右の耳をふさぐとテレビの音などまるで聞こえない。その前にもすでに、明け方、ちょっと開けた窓から聞こえてくる鳥の鳴き声も左耳は感知しなくなっていて、改めて「こんなにさわやかな鳥の鳴き声がもう聞こえないんだ…」と考えるととても寂しくなった。

 

今回はこんな状態がずっと続いたらたまらないと思って、珍しく夫の言うとおり翌日すぐに耳鼻科にアポを取った。今度は前のお医者さんとは違うところを選んだ。整形をやっていないお医者さん。そこは2人の女医さんが開業しているところで、2人とも信頼の置けそうな人だった。いろいろ検査して、「突発性難聴」という診断が下された。前は高音が聞き取りにくかったような気がするのだけど、今回の検査で全体的に左耳の聴力が右より悪いことがわかった。

 

突発性難聴はできるだけ早く治療すると治る確率も高いらしい。治って欲しい。血流をよくするホルモン剤を毎日飲んでいる。ホルモン剤なんて初めてじゃないかな。薬を飲むこと自体が珍しい。クラクラする感じが少しなくなったような気がするし、ワンワンという響きも少し減ったような気がするけれど、今日泳ぎに行ったあとはやっぱりまだフラフラした。ま、1日や2日で治ることなんかないか。ついでに、今までの耳鳴りも少し良くならないかなあ。

 

今朝、包丁をふきんで拭いているときに右手の人差し指を切ってしまったと思ったら、夜は球根セロリの皮を剥いていて左手の親指を切ってしまった。最近はなんだかツイてない…。

 

 

2010年6月9

 

月曜日から3日間代休を取っている。 普段も3時過ぎには家に帰ってくるとはいえ、平日に家にいるというのは何とも気分がいいものだ。お天気もまずまずだし、ますますいい気分。月曜日は久しぶりに友だちをランチに呼んだ。どの友だちもお料理がうまいので気が引けるが、ツナと大根おろしとひきわり納豆(小粒のをちゃんと包丁で刻むんです)をのせて刻み海苔とおしょうゆをかけただけの納豆スバがメインだったので、失敗はほぼ考えられない。スパゲティの茹で上がりだけ気をつければOKなのである。

 

うちにいても結局翻訳の仕事や会社の仕事をしているのだけれど、昨日もちゃんと朝8時くらいに自転車をこいでプールへ行ったし、今日はベッドのシーツを全部取り替えたし、アイロンがけも朝まだ涼しいうちに済ませたし、やるべきことはほぼやり終えたかな。これで休日が終わってしまったのはちょっと悲しいけど…。やっぱり1週間あるともう少しゆっくりできそうな…。でも、それならそれでまた最後は同じセリフをつぶやくに違いない。

 

昨日、モーリシャスで知り合ったオーストリアの夫妻からメールと写真が届いた。私たちのカメラが盗まれ、思い出の写真がほとんどない(といっても、そのあとの1週間で携帯電話で撮りまくった写真は80枚以上になっていた)ので、何枚か島の写真を送ってねとお願いしていたのが、昨日ようやく思い出してくれたのか、なんと20本以上のメールが写真とともに次々と舞い込んだ。驚いたオドロイタ。でも、20本以上もメールを送るという作業をしてくれた彼にとっても感謝。いつかまたぜひ再会したい素敵なカップルだ。

 

その写真を、買ってまだ1週間というピカピカのテレビで観た。LEDの47インチ。おおおおおきいぃぃぃ。クリアァァァ。これで最初に映画を観たとき、3Dで観ているようだった。迷った末、3Dのテレビを買うのはやめたのだけど。うちでリラックスしたいときに果たしてわざわざメガネをかけてテレビを観るか、と考えると、私は「ノー」と即答できる。次はブルーレイとホームシネマセットが欲しいところだが、今のアパートでは悲しいかな、置く場所がない。これらを買うにはまず新しいアパートを購入しなければ。夫は今、いつもより長くテレビを観ている。番組を観たいというよりも、テレビそのものを見ていたいんだろうなぁ。

 

写真ではわからないが、青い小麦畑の上を風が撫でていくのがはっきり見えた日

 

 

20105月1

 

水泳に週2回行っている。「着替えるのが面倒くさい」「塩素の匂いと、なんとなく不潔っぽいのがイヤ」という理由でこれまでプールを避けていた。でも、モーリシャスでたくさん泳いで体が引き締まったような気がしたのと、これまでの運動不足を実感したのとで、休暇から戻った1週間後、家から一番便利なところにあるプールへ通い出した。

 

モーリシャスでは1日中ビーチに寝そべっては泳ぐということを繰り返していたので、もちろん爽快度は全然違うけれど、30分休憩なしでひたすら泳いで家にまっすぐ帰ると体は心地よく疲れている。初日は夕食後のテレビの前で眠ってしまったくらい。水を含んだ粘土性の地面のように、手のひらで軽く叩くとぺちゃぺちゃと揺れるお腹はまだまだキリッとなってくれないけれど、回数券も購入して、ちょっとこの心地よさにはまっている。

 

更衣室やロッカーなどの施設が整っている湖水浴場がオープンしたら、プールとはおさらばしてチューリヒ湖で泳ぐんだ。本当はお金が要らないその辺の湖畔に荷物を置いて30分泳いで帰宅したいところ。でも、そうすると水着が乾くまで日光浴をするか、もしくはタオルに身を包んで公衆の真ん中で着替えをするかの選択を迫られる。日光浴をしたら、せっかくさっぱりしたところにまた汗をかく。人前でモゾモゾと着替えをするのもなんだか…。それに置いておいた荷物を盗まれないとも限らない。

 

盗まれるといえば、モーリシャスでの夜盗経験はなんだかもう遠いことのよう。でもそれでいてやっぱり、夜バルコニーのガラス戸を開けたままでテレビを見ているときにがたんと物音がすると夫と2人身構える。夜中に目が覚めて窓ガラスから暗い庭を眺めると、黒い人影がぬっと現れそうな気がする。

 

 

2010年4月10

 

約2週間のモーリシャスでの休暇は、半無事に終了した。ともかく、夫も私も怪我を負うことなく我が家へ戻った。ありがたや。これまでは交通事故に遭うことなく、また重い病気にかかることなく、スイスへ戻れたことに感謝していたが、これからはもう1つ、何者にも襲われることなく自宅に帰れたことに感謝することになりそうだ。

 

そう、モーリシャスでなんと私たちは夜盗に遭ってしまったのである。それは休暇が始まって1週間くらいたったある夜中のことでした。2階に部屋をもらっていた私たちは、夜中にクーラーを消して、暑くなったらバルコニーに続くガラスの引き戸を開けて波音を聞きながら寝ていた。それが間違いの元だった…。

 

その夜、いきなり隣に寝ていた夫がガバッと起きて「うぉ~」と叫びながら引き戸の方へ突進していくではありませんか。私も目を覚まし、「どうしたの?」と叫びながら異様な雰囲気が漂う中バルコニーへ走ると、夫が下を覗き込んでいる。すでに犯人の影も形も見えない暗闇に向かって「どろぼう~!!助けて~!!」と大声を張り上げたが、目の前に広がるビーチの波音に消されたのか、だ~れも出てこない。

 

部屋に戻ってチェックすると、前の日に買ったばかりの布製の小さなバッグがなくなっていた。「何が入ってた?」「えっと、あなたの携帯と運転免許証。現金はほとんど入ってなかった」「そうか。これくらいで済んだらまだいいか」

 

でも、しばらくしてから「カメラは?」と聞かれて、「あ~~~~~。カメラも盗られた!!」

数日前に「いい写真がたくさん撮れたから、うちに帰ったらプリントアウトして職場の壁に貼ろうっと」と話していた夫は大ショック…。1週間分の思い出は今ごろもうどこかで燃やされてしまっただろう。

 

それにしても、あとから考えると相手が凶器を持っておらず、夫が反射的に飛びかかっていったときにケガを負わせられるようなことがなくて本当によかった。あとから部屋へやってきたセキュリティや警察の人も、それを聞いてちょっと驚いていたものね。

 

モーリシャスのホテルはどこも24時間体制で監視されている。ビーチはたとえホテルの前にあっても一般の人に開放されており、出入りは自由。そのため、ビーチの両端にも監視員が24時間見張っている。それなのに…。観光に力を入れている島なので、ビーチはどこもきれいに手入れされているし、人々もとても親切だ。観光客に関わる事件を担当する観光警察というのもあって、調書を取るためにホテルまで来てくれる。盗難に遭ったとはいえ、いい休暇だったと思っている。

 

毎晩ホテルで夕食を取ったのだが、バイキング形式が多く、そのときには必ずチリソースとトマト・チャッネが用意されていた。これがおいしくておいしくて…。チリソースにはグリーンチリが使われているのですごく辛いのだけれど、癖になる味。モーリシャスではどの家庭もそれぞれのチリソースのレシピを持っているそうで、私もマネージャから1つレシピを教えてもらった。昨日作ってみたけど、ホテルのとはちょっと違うんだよなぁ。ざんねん。

 

         

 海岸によく見られるフィラオスと呼ばれる針葉樹の林。防風林なのかな?  ホテルの前のビーチ。夕方になると地元の子どもたちがやってくる

 

 

2010年3月13

 

昨日、おばあちゃんが眠るように旅立ったという知らせをメールで受け取った。おばあちゃんは100歳だった。ホームで死を迎えたのだけれど、身内にはいつも「いいところに来られて幸せ。また、遊びに来てね」と言っていたそうだ。最後は夢と現実の間をさまよっていたよう。夫は若くして戦死し、いろいろとつらいことも経験してきた。でも、いつも「ありがたい、ありがたい」とプラス思考だった。きっと「幸せな一生だった」と旅立ったに違いない。法事には出席しないけれど、スイスからおばあちゃんに思いを馳せ、冥福を祈りたい。

 

明日はモグリが逝って2年になる。「もう2年…」。この間まで「まだxxヶ月」と思っていたのに。でも、今でもモグリの匂いはまだ鼻の奥に残っている。モグリの重さも、肩が覚えている。耳の奥ではモグリが夜中、遠慮がちに私たちを起こす声が聞こえる。

 

モグリ用の階段、庭からうちのバルコニーに続いている階段はモグリが逝ってしまう1週間前に新しくした。何となく処分できないでいるうちに、近所に住むいろんなネコがこの階段を上って遊びに来てくれるようになった。昨日はふらっとボリスが覗きにきた。何ヶ月ぶりだろうか。そのあと、ゴールデンアイも久しぶりにやってきた。今、毎晩遊びに来るのはグメーギ。まだちっちゃくてよくしゃべる。左の後ろ足の関節が曲がらず、お座りをしていてもいつも伸び切っている。冬は足を暖められずに、つらいだろうなあ。グメーギはよくわからないけど、よくしゃべることからきているらしい。もちろん夫の命名だ。モグリがオスだったせいで、夫はどのネコもオス扱いしている。いろんなネコを見ていると、本当にみんな性格が違うなあと感心する。みんな、事故にあわないで長生きしてね。

 

9日は20回目の結婚記念日だった。夫が素敵なバラをプレゼントしてくれた。半強制的だったかもしれないが。

 

 

2010年2月7

 

夫は居間のソファで欠伸を繰り返している。私の友人が紹介してくれたスウェーデン人作家スティーグ・ラルソンの3部作の最後の本を読んでいるところ。昨日の夜は、久しぶりにアイスホッケーの試合を見に行ったので、10時間近く寝た割にはまだ疲れが残っているのかも。もうトシですねぇ。

 

その前に試合を見に行ったのはいつだっただろう。もう6~7年も前になるかもしれない。対ダヴォス戦だったので、ファンも多く詰め掛けていたけれど、満員ではなかった。相手チームが反則を犯せば口笛がヒューヒューとなる。でも、チューリヒのZSCライオンズのファンはなんだかお行儀が良くなったようだ。場内は禁煙になったため、もうマリワナの匂いはしないし、物もほとんどリンク内に投げ込まれない。リンクと客席の間の通路は一般客には通行禁止となっていて、見張りの人が立っている。

 

物を壊したり、相手方を侮辱するような行為を見るとものすごく気分が悪くなるけれど、これほどキチンとした雰囲気のマッチもちょっと物足りない。いかにも「スイスっぽい」かも。でも、ライブで聞くパックを打つ音はやっぱりいいもんだ。

 

 

2010年1月9

 

去年の暮れから抱えていた翻訳がやっと終わり、ほっと一息。クリスマスからお正月にかけては5日の連休を飛び石で2回取り、友人や親戚の家に招かれたり招いたり。我が家では行事というものを一切やらないので、うちにいると祝日という雰囲気はまったくない。食べるものも普段の週末と同じだし。

 

スイスへ来た頃は大晦日に年越しラーメンを食べたりしていたけれど、それもいつの間にかなくなってしまった。でも、あまり寂しいとは思わない。日本では日本の大晦日やお正月を楽しみたいけれど、スイスにいるのであればそれなりに休日をゆっくり過ごせればいい。

 

田舎から通信教育の教材が転送されてきた。パラパラとめくっていると、通信教育を始める前のワクワク感が戻ってきた。去年の夏に2年ぶり復学してから、最近はまたちょっとお休みが続いた。卒業は到底無理だけど、教材を読んでいるだけでも楽しい。でも、昔から暗記力がなかったのがやっぱりさらに衰えているのがよくわかる。ああ、かなしや。

 

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