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瑞筆 ー スイスで綴るエッセイ
日ごろの生活の中でふと心をよぎったこと、とりとめのない思いなどをそのまま書き綴りました。
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2012年1月26日
新年の挨拶に「迎春」というのがある。まだ全然寒いのに、古い暦では1月から春が始まるとされていたからだ。1月から3月までが春、4月から6月までが夏、7月から9月までが秋、10月から12月までが冬……。絶対違うよな~と、眠れぬ夜に考えた。
でも、よく見れば、冬枯れの木の枝には新芽が出ている。アパートの玄関口の脇にある潅木(ツツジのような花が咲く。例のごとく、名前を忘れた)のつぼみなんか、もう相当大きくなっている。やっぱり春なんだ!
あと2ヶ月もすれば、陽気のいい日には松ぼっくりの傘が開く音が空から降ってくる。待ち遠しいような、そんなに早く時間が過ぎ去って欲しくないような……
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2012年1月7日
去年の年末になって、いわゆる「来年の抱負」というものをふと思いついた。 「引越ししたら、少し年中行事に参加する」 参加するといっても、クリスマスイブにミサへ行ったり、8月1日の建国記念日に政治家の演説を聞きに行ったりするというわけではない。うちの中に少し季節の色を添えたいのだ。
子どもがいないせいもあって(と言い訳)、我が家では年中なあ~んにもしない。クリスマスツリーも飾らないし、イースターの卵とも縁がない。こういう生活ってちょっと味気ないかも……と年末になぜかふと思った。大げさなことをやるつもりは毛頭ないけれど、メリハリがつく程度に行事を我が家にも取り入れようかな、と。
で、昨日の6日はキリスト教の三王礼拝の日だった。巷では小さなパンをいくつかまとめて焼き上げ、それをみんなで食べる。パン屋さんやスーパーでも買える。中のひとつに王様の人形が入っていて、そのパンを選んだ人はその日1日王様のように振舞える。
我が家ではパンは週末くらいしか食べないが、クリスマス休暇でお店が休みのときにパンが足りなくなったら自分で焼こうと思ってイーストを買っておいた。そろそろ使わないと賞味期限が切れてしまうので、昨日久しぶりにパンを焼いた。
たまたま三王礼拝の日でもあるし、同じような丸い小さいパンをまとめて焼くし、それだったらついでに王様の人形も中に入れよう!と思い立った。が、人形なんかない。そこでマフィン用の紙の型をあれこれひねくり回し、ようやく頭と両手両足のある小さな人形ができた。
焼いたのは全粒粉とRuchmehlと呼ばれるミネラルやビタミンの多い小麦粉を半々使って作ったパン。黒オリーブ、ニンニクとバジルの刻んだもの、クルミなどがそれぞれ入っている。
このパンを今朝の朝食に食べた。夫には「どれかに人形が入っているからね」と通達しておく。オリーブ入りのパンのどちかに入っているんだ、うっふっふ。夫がオリーブ入りを1つ取った。当たりかな?二つに切っても何も出てこない。あぁ、じゃああっちのパンに入っているんだ。と思っていたら「なんだ、こりゃ」と言って、夫が口の中から何かを吐き出した。出てきたのは、人間の形などもはやかけらも残っていない紙の塊……。普通はプラスチックの人形が入っているのよね。やっぱり紙じゃだめか……。
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2012年1月4日
2012年1月1日、多くの人に苦しみを撒き散らした1年が幕を閉じ、新たな年が明けた日のチューリヒからは、遠くに連なるはずの雪山がすぐそこにあるかのように見渡せた。これほどの壮観な景色が現れるのは珍しい。引越し先の近くにある湖のほとりを歩きながら、つい何度もシャッターを切った。
デジタルカメラが普及する前は、夫にいつも「1フラン、あ、また1フラン」と言われていた。焼き増し代が1枚100円近くする時代だった。この日も、立ち止まってばかりでなかなか前に進まないわたしに苛立ったようで、久しぶりに「1フラン」という声が飛んできた。でも無視ムシ。
あれだけの災難からすぐに立ち直れなどできないが、1人でも多くの人に少しでも多くの笑顔が訪れる1年になって欲しい。 |